ephiphany

顕現日

顕現とは、隠されていたものが公に顕わにされるという意味で、公現とも言われています。ギリシア語で「テオファネイア(神の顕現)」と言い、ラテン語で「エピファニー」と言います。神の御子イエスキリストが、肉体をとって人となられた神秘を主の顕現として、祝日が守られています。

主の顕現を祝う日は1月6日と定められています。日付の由来は他の異邦宗教の祝祭日から来ているそうですが、ルーテル教会を含む西方教会では12月25日がクリスマス(降誕日)と定められているので、12月25日から1月6日までの12日間が主の降誕節として呼ばれています。当初は主の降誕日と顕現日は平行してお祝いされてきましたが、次第に主の降誕と顕現は、区別して扱われるようになっていきました。

顕現日はまた異邦人(神の民に属さない人々)のクリスマスとも言われています。聖書には異邦の国である東方から占星術の学者たちが黄金、乳香、没薬を携えて、ベツレヘムに導かれ、そこで彼ら異邦人に初めて救い主が示され、彼らが幼子イエスを礼拝したと伝えられているからです(マタイによる福音書2章1~12節)。日本では平日に教会に集まる習慣がないため、1月6日に近い主日が顕現主日として守られ、礼拝の中ではこの聖書箇所が必ず読まれます。

御子が肉体をとって人となり、人間と同じ立場に立ったことは、罪の宿る肉体を、この御子もとられたことを意味します。自らも人間と同じように弱さや躓きを受け入れて、人間(罪人)と共に生きる神(インマヌエル)となられたのです。また、「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じようになられました。」(フィリピの信徒への手紙2章6~7節)と使徒パウロが証言するように、私たちに顕わされた神の御子は、私たち人間以上に無力な姿となって、私たちの間に宿られた方なのです。