Lent

灰の水曜日

レント(四旬節、受難節)の季節に入る最初の水曜日を「灰の水曜日」と言います。元々は悔悛者たちが悔い改めの象徴であった灰を振りかけられるという習慣に由来します。

中世以降は、前年度の枝の主日に用いられた棕櫚の葉を教会で灰にし、一人一人の額に、「悔い改め、福音を信じよ」または「灰より出て、灰に帰しなさい」と言いながら、十字の印をつける儀式が行われてきました。

灰の儀式を行わない教会もありますが、この日を「灰の水曜日礼拝」として、悔い改めの礼拝を行う教会もあります。この礼拝の中で読まれる聖書箇所の一つに、新約聖書マタイによる福音書6章16~18節の御言葉があります。ここには「断食」についてのイエスの教えが記されています。断食は旧約の時代から懺悔(悔い改め)の表現とされてきました。しかし、人々の形だけの断食も目立つようになり、旧約の預言者たちは、その断食の姿勢を非難しました。イエスもまた、この福音書の箇所で、断食のためにあたかも苦悩に満ちた姿を人々の前で公に表し、外見だけに拘って人々の好意を受けようとする偽善者を非難しています。

イエスは「断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」(マタイ6:17~18)と言い、むしろ断食する時は、人々に気づかれないようにして、神のみ前に立つことを教えています。

断食の姿勢は悔い改めの姿勢でもあり、それは人ではなく、神によってのみ受け入れられているということです。「隠れている」自分の姿というのは、自分自身には全く確信はなく、神の側にこそ確信があり、その人の断食、悔い改めが受け入れられるということでしょう。