2017年1月8日 顕現主日「救いの旅路」

マタイによる福音書2章1~12節  藤木 智広 牧師

 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン。

 今日は顕現主日で、毎年この主日には東方の博士たちのクリスマス物語が読まれます。東方の博士として知られていますが、聖書には占星術の学者、星の動きを観測し、それを占う天文学者であったと言われています。そして彼らが来た東方というのは、ペルシャ、アッシリア、バビロンを指すと言われ、それらの国とイスラエルの歴史は戦いの歴史であり、そしてイスラエルの民からすれば、戦いに敗れて国を失い、捕囚の民として、過酷な歴史を歩んだことを想起させるものです。神の民であるイスラエルの民からすれば、この東方の国々の人たちは単なる異邦人というだけでなく、罪人と見なし、神様の救いからから最も遠い人たちであると見ていたことでしょう。その東方の国から来た異邦人である占星術の学者たちが、星の観測をしている時に、メシア、救い主の誕生を指し示す星をユダヤの方角に見出します。あのユダヤの地で、救い主が生まれた。きっとすばらしい王様としての救い主が誕生したのであろうと思い、その王に会いたい一心で、ユダヤの地を目指して旅に出ます。

 彼らからしてみれば、ユダヤは異邦の地、未知の領域です。そこまでの道のりも平坦なものではなく、とても長い距離を、時には危険を冒しながら、歩んでいったことでしょう。旅は今とは比べ物にならないほど危険で、大変なものでした。よほど大きな目的がないかぎり、旅はしません。ユダヤの律法の教えの中で、旅人をもてなし、助けなさいとあるのはそのためでしょう。そして彼らは遂にユダヤの地に到着したのです。しかし、彼らの旅はそこでさらなる困難に見舞われるのです。

 彼らはエルサレムに行きました。そこにユダヤの王である救い主が生まれたはずだ、世界を救う者だから、さぞかし力をもった王族の家系に生まれ、この王宮の中に中で誕生したのだろうという思いを持っていたからでしょう。彼らはエルサレム中を探すのですが、そのようなニュースは聞こえてきません。そこにいたのは、当時ユダヤの地を治めていたヘロデ大王でした。そしてヘロデは学者たちからメシア誕生の話を聞くと、自分の地位が脅かされるのではないかと思って不安に思い、かなり動揺しました。そこで、その誕生したメシアについて調査します。「王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」(4~6節)聖書の御言葉はそのメシアを指導者、イスラエルの民の牧者となるものの誕生を預言し、そこはベツレヘムという地でした。ベツレヘムはあのダビデ王の故郷で、ダビデは羊飼いでした。彼も牧者として、羊を導いていたものでした。聖書の御言葉が今誕生したメシア、救い主を指し示し、学者たちの旅は続きます。しかし、聖書の御言葉を聞いた祭司長たちや律法学者たちは立ち上がらず、ヘロデ自身は学者たちを利用しようとします。見つけたら私に知らせてくれ、私も後から行って拝むからと。しかし、ヘロデの内心は主イエスを抹殺することであって、民から拝められるのは自分であると思っていたことでしょう。

 そして学者たちが最初に見た星が彼らをメシアである主イエスの下に導いていき、彼らはようやく幼子の姿である主イエスに出会うことができました。そこで彼らは宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げたとあります。この3つの贈り物が示すのは、最も高価な物というより、彼らの仕事道具ではないかと言われています。これまで彼らはその道具を用いて、生きてきました。でも、その星占いの仕事道具を手放したというのは、彼らがその星占いをやめ、目の前にいる幼子、救い主イエスによって生きていく、主イエスの下から新しい人生を歩んでいくことを示しているのではないでしょうか。主イエスの下から、それは彼らを主イエスの下に導いた神様の御言葉に聞き従っていく歩みです。

 彼らの東方の地からの旅は、ここで終りを迎えたとも言えます。目的を遂げたからです。しかし、この旅の終りにおいて、彼らが手にすることができたものはなく、むしろ自分たちがもっていたもの、自分たちが最も頼りとしていたものを彼らは手放しました。食料を得たわけでもなく、お金を手に入れることができたわけではないのです。それらを入手するための商売道具である星占いの道具を手放したのです。それはあの弟子のペトロやヨハネがすぐに漁師の道具である網を捨てて、主イエスに従った姿と重なります。

 彼らの旅は最初からそれらを手放すための旅であったようにも思えます。それらの道具、あたかも自分の命をつなぎとめる星占いによって、救い主と出会い、救われることを望んでいたことでしょう。しかし、それは主イエスとの出会いをもたらしませんでした。主イエスとの出会いをもたらしたのは、彼らの星占いによる力や力量ではなく、神様の御言葉であり、御心でした。自分たちの命をつなぎとめる、つなぎとめていると思っていた道具を手放したことは、損失にも見えます。自分のステータスを否定するわけですから。しかし、彼らは真に自分たちの命をつなぎとめてくれているもの、自分の所有物としての命ではなく、与えられた命として、それを生かしてくださっている方と出会ったのです。彼らが得たものは、その気づきであり、恵みではないでしょうか。手放すことによって、その恵みに気づいたのです。その命の源である主イエスキリストの出会いにおける喜びをここに感じることができます。

 あのパウロもフィリピ書の中で、主イエスキリストを知ることの喜びを述べています。パウロは異邦人ではありませんが、こういうのです。「わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、キリストの内にいる者と認められるためです。」(フィリピ3:5~9節)パウロもまたキリストの前に、自分の誇れるものを手放しました。それは自分をキリストに委ねるためです。パウロもまた旅をしていた人です。キリストを拒絶し、自分の非の打ち所がない強い信仰によって生きていると自負していました。しかし、あのダマスコでの街道でキリストと出会い、全てを手放したのです。パウロと同じように、彼ら学者たちもまた、そのための旅の途上にあったのではないでしょうか。

 成人した主イエスは言われます。「私は道であり、真理であり、命である」と。主イエスこそが、主イエスの中に私たちの道があり、命があるのだと。主イエスの道というのは十字架の道です。厳しく過酷な道ですが、それは私たちの罪を赦し、私たちを生かすための愛の道でもあるわけです。私たちを愛するための主イエスの道であり、それは神の愛です。そしてあのパウロは、コリント書で、その愛ということを最高の道であると教えているのです。(コリントⅠ12章31~13章13節)主イエスの道とは、この最高の道であり、この道の中に生きていく信仰の旅です。

 学者たちは別の道を通って帰って行きました。ヘロデから身を守るためでもあったかと思いますが、その道が意味するものは、キリストという新しい道であり、パウロが言う愛という最高の道ではないでしょうか。自己実現のための道ではなく、それとは別の道、キリストによって生かされる新しい別の道を行くのです。

 今私たちも旅の途上にあります。人生という旅路を歩いています。日々新たにいろんなことが起こります。昔に比べて安全な旅ができるようになってきたかと思いますが、旅を通して新しいものと出会っていきます。それで自分が変えられていきます。そのようにキリストが私たちと出会って下さり、私たちに道を備えてくださいます。そのキリストの道は確実に安全な道はありませんが、その道が死で終わるものではなく、死を超えた命の道であることを十字架と復活が示しています。それを顕してくださる方が私たちと同じ姿となって、私たちの前に顕現、出現されました。ここに命と愛の道が開いたのであります。

 人知では到底計り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン。