聖霊降臨祭(ペンテコステ)の次の主日(日曜日)に来るのが三位一体主日です。聖霊降臨祭から待降節(アドベント)までの長い期間を聖霊降臨節(聖霊降臨後の季節)と呼びますが、三位一体主日そのものが独立して守られているわけではなく、聖霊降臨節の中にある主日として守られているので、聖霊降臨節の第1主日(聖霊降臨後第1主日)が三位一体主日となります。
三位一体主日の起源は10世紀頃の西方教会だと言われ、14世紀に入って祝日と定められましたが、「三位一体主日」という名称はあまり浸透せず、「聖霊降臨後の主日」としてこの主日が守られてきました。
「三位一体」という言葉は聖書には記述がなく、また歴史的な出来事にも基づきません。この言葉は4世紀のニカイア公会議(325年)で確定したキリスト教の教理(三位一体論)で、後のキリスト教会において、三位一体の神を信じるというキリスト教信仰の中心的教義となりました。今日、多くの教派に分かれているキリスト教会は、この三位一体の神を信じるという共通の信仰理解を持っています。すなわち、三位一体の神を信じる教派であれば、他の教理との違いがあっても、それはキリスト教会であるということです。
三位一体とは、神が「父なる神、子なるキリスト、聖霊」という三つの位格(面)を有する唯一の神として存在する教理で、三人の別々の神がいるわけではなく、唯一の神の中に三つの位格が相互に浸透し、三つにして一つの神であるということです。三つの位格から人間に対する三つの交わり、関わりを持つ唯一の神が三位一体の神です。
三つの位格における神の働き(人間への関わり)について、父なる神は天地創造の創造主なる神、子なるキリストは、父なる神から生まれたまことの神であるのと同時に、おとめマリアから生まれたまことの人であるイエスキリストで、十字架のあがないにおいて、人間の罪を赦してくださる救いの神、聖霊は人間の内面に働きかける神の力であり、人間をきよめ、救いの完成へと導く神、というそれぞれの位格における神の働きがあるのです。
また、聖書に「父と子と聖霊の名によって洗礼を授け」(マタイ28:19)という言葉があるように、洗礼の恵みはこの三位一体の神の名によって与えられるということが言われていますし、同時に、三位一体の神の名を覚える時、それは既に洗礼を受けている人にとっては、洗礼の恵みを思い起こすことでもあるのです。洗礼は生涯で一度限りのことではありますが、日々の歩みの中でこの恵みに立ち返ることが、悔い改めであります。
三位一体の神との関わり、人間への働きかけは生涯に及ぶものなのです。「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。」(Ⅱコリント13:13)