使徒トマスの日

 使徒トマスはディディモ(双子)と呼ばれる12使徒の一人です。イエスの復活を疑ったことから、「疑い深いトマス」(「doubting Thomas」)という呼び名までありますが、ヨハネによる福音書には、一途にイエスを愛し、イエスに従っていこうとする彼の姿が描かれています。

 ラザロの死と復活の物語(ヨハネ11:1~44)の中で、ラザロの死について語ったイエスは、彼が住んでいる村ベタニアに向けて出発しようとしますが、それを聞いたトマスは「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」(16節)と言います。最後まで主イエスと共にいるということを決断した彼の一筋な性格が伺えます。また、イエスの受難と十字架の直前に、イエスは弟子たちに「わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」(14:4)と語ります。するとトマスが「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちにはわかりません。どうして、その道を知ることができましょうか。」(5節)と訪ねます。イエスは「わたしは道であり、真理であり、命である」(6節)と言われました。ここでも彼はイエスと共にいたい、イエスの行かれるところならば、どこへでも行くという一途な姿が描かれています。

 しかし、彼はイエスの復活をすぐには信じませんでした。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」(ヨハネ20:25)と言い張ります。彼が弟子たちと共にいたある日、彼らは戸に鍵をかけていましたが、イエスは彼らの前に現れて、彼らを祝福します。その時、イエスはトマスに「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」(ヨハネ20:27)と言い、十字架の傷跡を彼に見せて、トマスを招きます。そしてトマスは、「わたしの主、わたしの神よ」(ヨハネ20:28)と答えて、イエスの復活を告白しました。

 後にトマスはインドとペルシアで宣教し、インドでは自分たちのことを「聖トマスのキリスト教徒」と呼ぶ人たちがいます。彼はそのインドで殉教したと言われています。祝祭日は12月21日ですが、4世紀の7月3日にシリアのエデッサに遺骨が移されたことから、ローマ・カトリック教会ではこの日をトマスの祝祭日として記念しています。