マルコによる福音書1章21〜28節
説教: 高野 公雄 師
一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。
マルコによる福音書1章21〜28節
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン
先週は、きょうの福音の直前の個所を聞きました。《ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた》(マルコ1章15)と。ここに短く記された言葉は、イエスさまがあらゆる機会に語った説教に一貫する要旨はこれですと、マルコがイエスさまの宣教活動を語るにあたって、最初に読者のために前もって書き記したものでしょう。
次に、マルコは、イエスさまがガリラヤ湖の漁師四人に対して《わたしについて来なさい》(1章17)と招いて弟子としたことについて書いています。きょうの福音はその続きであって、ガリラヤでイエスさまが活動をする様子を描いています。《一行はカファルナウムに着いた》という記述から始まっていますが、「一行」とは、イエスさまとその後に従う弟子たちを指します。
ここでカファルナウムという町について説明をしておきましょう。この町は、北のヘルモン山(標高2830M)に発したヨルダン川が南下してガリラヤ湖(地中海海面下212M)に注ぐ川口のすぐ西側に位置する、福音書にしばしば出てくる湖畔の町です。29節以下の物語にある通り、シモン・ペトロとアンデレの家はこの町にありました。それだけでなく、イエスさまはこの町を拠点としてガリラヤの町々村々を廻ったようで、《イエスは舟に乗って湖を渡り、自分の町に帰って来られた》(マタイ9章1)とあります。この町はヨルダン川の東側のフィリポの支配する領地と西側のヘロデの支配する領地の境界の町であり、関税を集める収税所がありました。マタイ9章9以下を読みますと、この町の収税所に座っていた徴税人マタイ(ルカ福音ではレビと呼ばれる)が弟子として招かれました。また、こと町はエジプトにもメソポタミアにも通じ街道沿いにあり、この街道を守るためにローマの軍隊も駐留していました。この町の百人隊長のしもべが病気で死にそうになったとき、イエスさまに助けに来てくださるように頼んだのですが、町の長老たちはその百人隊長について《あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。わたしたちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです》(ルカ7章4~5)と熱心にとりなしています。
その会堂でしょうか、きょうの福音に《イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた》とあります。会堂、シナゴーグとは、町々村々に建っていて、ユダヤ人が安息日に共に礼拝をするために集まる建物です。そこで賛美を歌い、聖書を読み、説教を聞き、祈るのです。これが、私たちキリスト教徒の礼拝の原型になっています。外国に離散したユダヤ人たちの集落にも会堂があって、礼拝と聖書の学びと交わりの場となっています。東京にも広尾の日赤医療センターの道向かいにあり、もう昔のことですが、私も神学生のときに一度だけ、4~5人の同級生と安息日の礼拝を見学させていただきました。
イエスさまがそこで話しますと、《人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである》。この文には、教えの内容は書かれていませんが、その要旨は、15節にあった通りです。「時は満ちた。神の国は近づいた。神に立ち返れ。福音を信ぜよ」。この権威ある言葉に人々は非常に驚きました。律法学者は先人の言い伝えを守って聖書とくに律法を正しく解釈し、人々に教える権威をもっていたのですが、人々はそういう律法学者の権威を超える権威をイエスさまに見たと言います。イエスさまを通して神は今まさに新しいことをなさろうとしておられるのです。
この出来事をマルコは次のエピソードでさらに展開します。《そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」》。
古代の人々は、人間の力を超えた、目に見えない大きな力を感じたときに、それを霊と呼びました。その力が神から来るものであれば、それは「聖霊」であり、神に反する悪い力であれば「悪霊」です。この悪霊が人のさまざまな病気を引き起こすと考えられていました。悪霊は、「汚れた霊」とか「悪い霊」とか別の名で呼ばれることがありますが、みな同じことです。悪魔は名をサタンといいますが、ベルゼブルとも呼ばれます。悪霊たちの頭であって、神と人間との最大の敵です。
汚れた霊に取りつかれた男の出現によって、礼拝の場が、イエスさまの霊と汚れた霊との対決の場であることが明らかとなります。古代社会では霊と霊の戦いでは、先に相手の正体を見破ってそれを暴露した方が勝つと信じられていました。汚れた霊はイエスさまに《正体は分かっている。神の聖者だ》と叫んで、先制攻撃を仕掛けます。しかし、《イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った》。それは激しい戦いでしたが、イエスさまは汚れた霊をその人から追い払ったのでした。癒された人は、神とのつながり、人との交わりを取り戻したことでしょう。悪い霊にまさる力をもったイエスさまの存在によって、現実に神の国が広がり始めます。ルカ11章20に、《しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ》とあるとおりです。
イエスさまは活動を始めるに先立って、荒れ野でサタンの誘惑を受けられました。最後の誘惑はこうでした。《更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」そこで、悪魔は離れ去った》(マタイ4章8~11)。
イエスさまの最初の活動として悪霊払いの出来事が書かれているということは、著者マルコがそれだけ大事なことだと考えたからでしょう。なぜなら、神と人との最大の敵である悪魔と悪霊が退けられることにおいて、イエスさまを通して神ご自身が神の国を実現する働きを始めていることが明らかに表われるからです。
霊の戦いとか、悪霊払いの話などは現代の人間に関係のないことと思われるでしょうか。この物語は、イエスさまが人を神と人から引き離そうとする悪の力から私たちを解放し、神と人との正しい関係に立ち返ることができるように今も働いておられる、ということを私たちに伝え、私たちが、この汚れた霊に苦しめられた男の中に、自分自身の内なる闇、汚れ、罪を見るように促しているのです。
《人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった》。
イエスさまの口から出る言葉は何かを成し遂げる力をもっている、と知った人々は、新しい教師の姿を見ました。人々はイエスさまにおいて神と出会って驚いたのです。著者マルコは、礼拝において福音を聞く私たちも、神の聖者であるイエスさまに新たに出会うことを、イエスさまへの洞察を深めることを望んでいます。イエスさまと出会うことがなければ、私たちに救いはないからです。
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン