2009年5月3日 復活後第3主日 「Jubilate! たとえ悲しくても、喜べ!」

ヨハネ21章15~19節
大和 淳 師

彼らが朝食を済ませた時、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこれら以上にわたしを愛するか?」。ペテロは彼に言った、「はい、主よ.わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの小羊を養いなさい」。
イエスはまた二度目に彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはわたしを愛するか?」。ペテロは彼に言った、「はい、主よ.わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。
イエスは三度目に彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはわたしを愛するか?」。ペテロはイエスが三度目も自分に、「あなたはわたしを愛するか?」と言われたので、悲しんだ。そして彼はイエスに言った、「主よ、あなたはすべての事をご存じです.わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。
まことに、まことに、わたしはあなたに言う.あなたが若かった時には、自分で帯を締めて、望む所を歩いた.しかし、年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、他の人があなたに帯を締めて、あなたの行きたくない所へ連れて行くであろう」。
イエスはこう言って、ペテロがどのような死に方で神の栄光を現すかを示されたのである。こう言ってイエスは彼に、「わたしに従って来なさい」と言われた。

今日、復活後第3主日は、古くは「喜べ Jubilate」と呼ばれた主日です。「喜べ」、イースターを迎えたわたしたちは今日そのように呼びかけられています。しかし、今日ご一緒に聴く福音書に登場するペトロにとって、キリストの復活と「喜び」、それは決して、当然のことではありません。何より、彼は、復活の主を前にして決しておおよそ喜べる人間ではなく、むしろ、それどころか、悲しんだ、悲しみに目を真っ赤にしている人間なのです。その「イエスが三度目も、『わたしを愛しているか』と言われたので、悲しくなった」(17節)。この「悲しくなった」と訳されているこの動詞のもともとの言葉は、強い心の痛みを表わす言葉です。たとえば、この言葉は、こういうところところで使われています。

マタイが記す、イエスが十字架にかかる直前、最後の晩餐のときのことです。主イエスは、「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」、そうおっしゃった、そのとき、「弟子たちは非常に心を痛めて、『主よ、まさかわたしのことでは』と代わる代わる言い始めた」(マタイ26:21-22)。その「非常に心を痛めて」と同じ言葉なのです。それは、いわば、良心の咎めによって引き起こされた心の痛みです。そして、まさにその時と同じ様に、ペトロは心を痛めているのです。しかし、その十字架の前のときの悲しみと、今ここでのの悲しみについて、決定的な違いがあります。今ここでのペトロの悲しみは、まさに復活のキリストの前での悲しみであるということです。すなわち、「わたしを愛しているか」、端的に愛のゆえに、愛によって引き起こされた悲しみであるということです。パウロは、この悲しみについてこう記しています、「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」(2コリント7:10)。「神の御心に適った悲しみ」、その復活の主の御前での悲しみは、Jubilate「喜べ」と呼びかけられる悲しみなのです。

そもそもペトロは何故悲しんでいる、何を心に痛めているのでしょうか。それはただ単に二度ならずも三度まで「愛するか」と問われた、それ故「主は、自分の主への愛を信じてくださらない、・・・自分の言葉を、わたしを信じてくださらない」、そう思ってのことでしょうか。もしそうだとしたら、それは、むしろ傲慢な思いがそこに潜んでいると言わなくてはならないでしょう。つまり「わたしは愛している、それなのに、自分を信じてくださらない・・・」、結局は自分の正しさに固執していることになるでしょう。もちろん、ペトロは、主イエスのこの「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」に対して、また彼もまた率直に「はい」と答えているように、他の誰よりもイエスを愛していると言えるのです。それは、このヨハネ福音書6章に記されていることからも確認できます。それはこの主イエスから「弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった」(6:66)ときのことです。そもそも主を愛するとは、旧約聖書を含めて、聖書では信ずることと同じですが、いわば、その代表として、あなたがたもわたしから離れ去りたいかと問われたのに対し、ペトロは直ぐさま「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか」と答えたのです。そして更に、主が、ご自身の受難、十字架の死を予告されたとき、即座に「あなたのためなら命を捨てます」(13:37)と言ったのもペトロです。ペトロは、その時ただ自ら命がけに愛する、そのことを誓ったのです。全く激しい誓い、誰にも負けない愛であったのです。しかし、その結末は、何より、その時、主ご自身が「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしのことを知らないと言うだろう」(13:38)、そのように言われた、そのとおりになったのです。

他ならないこの主ご自身の言葉、「鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしのことを知らないと言うだろう」(13:38)、その主イエスが今あらためて三度、「わたしを愛するか」と問うた時、それはまた同時にこの「あなたは、三度わたしのことを知らないと言う」、その主の言葉が重なってペトロを揺り動かしているのです。それは、ペトロがただ単にあの夜の自分のしたことだけを思い起こして、ただそれを悲しんでいるのではありません。そうだとしたら、ペトロは「わたしを愛するか」という主の問いに直ぐに「はい」とは答えられなかったし、むしろ、「いいえ、そんな自信はわたしにはありません」としか答えられなかったでしょう。

三度キリストのことを知らないと言ったペトロ、しかし、今彼は三度、「あなたはご存じです」と答えるのです。彼は、たとえ悲しくても「はい、あなたはご存じです」と答えるのです。つまり、ペトロの悲しみは、ここでこういうことを語っているのです。〈主よ、他の誰でもない、あなたが、あなただけがご存知でした、わたしのすべてを。あなたはすべてを知っておられ、それでもあなたは、わたしを見捨てず、わたしから離れず、こうして今、わたしと相対してくださっています。主よ、わたしは誰にも負けないほどあなたを愛します。・・・。しかし、悲しく情けないことにわたしはあなたから離れてしまいました。でも、わたしは今分かります、わたしがあなたを愛したからではなく、あなたがわたしを最初に愛してくださったことを。あなたはご自身、そんなわたしの愛を少しも必要がないのに、そうして十字架にかかられたのに、今、まるでわたしの愛がなければならないかのように、わたしの愛を、わたしを求めてくださっています。主よ、あなたが一切をご存知です、わたしがあなたを愛していることを!主よ、あなたが知ってくださっている、それだけで十分です!主よ、あの夜のわたしであるからこそ、わたしはあなたを愛さずにはおれない、あなたと共に生きていきます!〉そのようにペトロは、たとえ悲しくても、ジュビリターテ「喜べ」の人間となったのです。復活の主と向き合って、主の愛に捉えられて生きていくのです。

それゆえ、このペトロが、ここで主イエスによって「わたしを羊を飼いなさい」、そのように立てられるのは、このペトロ自身の自らの後悔に由来するのではないのです。そうではなくて、まさにこの復活の主、キリストととの出会いだからこそである、そうヨハネ福音書は語る、このペトロの涙を、この復活の主との出会いの喜びの中で記す、わたしたちの心に刻み付けるのです。悲しみを抱く者よ、心に痛みを持ち続ける者よ、この主のみ前で泣け、思いっきり泣くが良い、そして「喜べ」、その復活者の招きを伝えるのです。
ですから、復活の主と向き合って生きる、それは、最早これまで熱心さがどれほど足りなかったかを主は問うのではなく、また、わたしたちがどれほどこれから勇気が必要か、どれほど信仰が強くなければならないかでもないのです。むしろ、おおよそ、逆なのです。そのようなわたしたちがなし得るかなし得ないか、もっと言えば、わたしがそのために死ねるか死ねないか、にあるのではないのです。むしろ、そのとき主から離れた人間 ― つまり、かつての彼自身に過ぎないのです。

要するに、キリスト教信仰とは、わたしたちが思いつめて、いちかばちかのようなことではありません。思いつめれば、いや思い詰めればこそ人間は愛するもののために死ねるでしょう。あのかつての特攻隊の若者たちは本当に真剣に、祖国のために、いや、実際はそうではなく、彼らは親や兄弟、妻や恋人、家族のために、少なくともそう信じて死んでいった、まったく純粋に!その純粋さは本当に心を打ちます!しかし、わたしたちの思う純粋さ、熱心さとは、またあの十字架の夜、ペトロのその愛が剣を抜いたように、他者の命まで奪うということもある、そのような悲しさを伴っているのです。「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」(2コリント7:10)、パウロの言葉を思い起こさずにはいられないのですが、わたしたちの純粋さ、熱心さはしばしば、わたしたちを思いつめさせ、思い込みへと駆り立てる、その時、人はそこでどれほど非人間的になるのかを、わたしたちは経験します。昨今、耳にするどうしてこうも簡単に人が人の命を奪うことも出来るのか。そして他人事ではありません。わたしの日常生活の中で、いや、教会の中でも、自分の思いつめ、思い込みから逃れられず問題が起こる、自分に対してのみならず、家族に、他者に、非人間的にふるまってしまう。だが、それは一見強いように思えても、ペトロがあの夜身をもって体験したように日常性の中では音もなく倒れ、崩れ落ちていくのです。死、罪の力とは、そのようにわたしたちに忍び寄って来るのです。

そのような人間の純粋さがここで求められているのではないのです。実際、ここでの主イエスのペトロへの問いが、あたかもそのような純粋な殉教への招きとして解されたりします。確かに、ここには、このペトロ自身の殉教の死まで暗示されているからです。しかし、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい」!そうです、「あなたは、わたしに従いなさい」、ただ従う、導く方に従う、問題はただそのことだけなのです。

今日の福音書は、先週の日課でありましたが、直前の21章1節以下の出来事と密接に結びついています。そこで復活の主は、そこでペトロたちにまず第一に、「子たちよ、何か食べる物があるか」と問われたのです。すると彼らは、「ありません」と答えざる得なかった。何もない、「ありません」とペトロたちは、この方に告白しなければならなかったのです、わたしたちは何も持っていません、と。つまり、ペトロは最早、あるかのようにふるまう必要はなかったし、ないことを隠す必要もない、役に立たないものであることを隠す必要はないのです。すべてはそこから始まるのです。わたしたちの無力、貧しさ、しかし、それは、「主の慈しみ」のもとにある無力であり、貧しさであり、無能さに過ぎません。そのようにして、わたしたちは、この復活の主、そのあふれる豊かさ、栄光の方の前に立っているのです。そして、ここでも同様にペトロを通して、わたしたちは更に深く主のみ前に立っています。ペトロはまた改めて、この主のみ前に今度は一対一で、まさに裸で、何もないままに立つのです。そして、できないことに思いつめてではなく、また出来ることに思い込んででもなく、まさにそのように、何もないわたし自身のままに!

そして、この前の出来事では「シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ」(7節)ことが記されています。そして、今日のここでは「はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」(18節)と主は言われます。この「帯を締め」るという言葉は、もともとの言葉では、実は先の7節の「上着をまとって」と同じ言葉なのです。すなわち、彼は、今まで自ら「上着をまとって」「帯を締め」て今主の前に立っていました。しかし、主は言われます、「両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」と。他の人、すなわち、主イエス自らが、今何もない、裸になった彼の「帯を締め」、彼を携えていくのです。

それを実に不自由な生き方と想像するとすれば、それは違います。これは、むしろ、解放の言葉です。自由へとペトロは召されているということです。彼の行きたいところに行こうとした時、彼はキリストを三度も否んでしまったからです。わたしたちも自分の行きたいところにいけることが自由だと思っていないでしょうか。しかし、どんな勇気も、豪胆さも崩れ落ちていく。本当の自由とは、出来ない、何もない自分を受け入れるところにあるのです。否、正確に言えば、そんなわたしが、それにも関わらず受け入れられているところから生まれるのです。あなたも、わたしも、このあるがままで!わたしたちは、このペトロに命じられた主の言葉に驚かずにはいられません。「わたしの羊を飼いなさい」。このペトロを、今やご自身の代わりに主は牧者として立てられるのです。主は、その彼を用い、必要とし続けてくださるのです。この主はどこまでも人間と共にあろうとされ、人間を愛し、求める神、それが故に死を乗越え、勝利された方であり給うからです。

このペトロと同様、主はあなたのすべてをご存知です。主イエスはすべてを知っておられ、それでも、あなたを見捨てず、あなたから離れず、あなたと相対してくださっています。この方はご自身、あなたの愛を本来少しも必要がないのに、そうして十字架にかかられたのに、今、まるであなたがいなければならないかのように、わたしを、あなたの愛を求めてくださっています。主が一切をご存知です、あなたが主を愛していることを、いや、主が一切をご存知である、それだけで十分なのです!だから、わたしたちは、この主を愛さずにはおれない、「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか!」tp。

たとえこのわたし自身は悲しくても、いえ、今は悲しいからこそ、「喜べ(Jubilate)」の人間、この復活の主の愛に捉えられて、わたしたちは生きていけるのです!

2009年4月19日 復活後第2主日 「不信仰物語 ― 新しく生まれた者のように(Quasimodogeniti) ― 」

マルコ16章9節~18節

 
説教  「不信仰物語 ― 新しく生まれた者のように(Quasimodogeniti) ― 」  大和 淳 師
週の初めの日の朝早く、イエスは復活してから、まずマグダラのマリヤにご自身を現された.イエスはかつて彼女から、七つの悪鬼を追い出されたことがある。
彼女は、イエスと一緒にいた人たちが、悲しんで泣いている所に行って、報告した。
その人たちは、イエスは生きておられ、そのイエスをマリヤが見た、と聞いても信じなかった。
これらの事の後、彼らのうちの二人が、村へ入ろうとして歩いていると、イエスは別の姿でご自身を現された。
その人たちは行って、残りの人たちに報告した.しかし、彼らも信じなかった。
その後、十一人が食卓に着いていた時、イエスはご自身を現された.そして彼は、彼らの不信仰と心のかたくなさを、おしかりになった.それは、復活した後のイエスを見た人たちを、信じなかったからである。
イエスは彼らに言われた、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。
信じてバプテスマされる者は救われる.しかし、信じない者は罪に定められる。
信じる者には次のようなしるしが伴う.彼らはわたしの名の中で悪鬼を追い出し、新しい言葉を語り、
蛇をつかむ.死に至る物を飲んだとしても、それは決して彼らを害さない.彼らが病人に手を置けば、病人はいやされる」。

 キリスト教会の古い伝統に、イースターからペンテコステ、聖霊降臨日までの毎週の日曜日に名前を付けて呼ぶ習慣があります。復活後第一主日の今日は、「新しく生まれた者のように(Quasimodogeniti)」の主日、そして来週第二主日は「主の慈しみ(Misericordias Domini)」の主日、その後、「喜べ(jubilate)」の主日、「歌え(cantate)」の主日、「祈れ(rogate)」の主日、そして昇天主日を経て、「主よ聴き給えの主日(Excaudi)」、そうして「ペンテコステ・聖霊降臨日」を迎えるのです。

人は大切なものは名前を付けて呼びます。子どもは自分の気に入った、毎晩一緒に寝る友だちとなった人形に、まず最初に名前を付けてあげるでしょう。あるいは、以前、俵真智さんの「あなたがおいしいと言ったから今日はサラダ記念日」という俳句が有名になりましたが、人は特別な日に、特別な名前を付けてその日を覚えます。そのように、イースター後の最初の日曜日、それは「新しく生まれた者のように(Quasimodogeniti)」の主日と教会は覚えたのです。
キリストの復活、その信仰、それは何より新しく生まれた子どものように生きることなのです。「生まれたばかりの乳飲み子のように」(一ペトロ2:2)生きる、でもそれはどういうことでしょうか?デートリッヒ・ボンヘッファーは、そのことを、こんな言葉で教えています。「キリストの復活の奇跡は、[今この世にある]わたしたちを支配している死の神格化[絶対化すること]を根底から覆すものである。死が最後のものであるところでは、現世のこの生をすべてとするか、それとも現世をまったく空しいものとするか、そのどちらかでしかない。しかし、死の力が打ち破られたこと、つまり、死が支配するこの世界の真中にすでに復活と新しく生まれる奇跡が輝いていることが受け入れられるところでは、人はもはや人生に永遠を期待することなどをしない。むしろ、人生がわたしたちに差し出すものを受け取るのである。そこでは、人生がすべてか、それとも無か、というような生き方ではなく、良いことも悪いことも、大切なことも取るに足らないことも、喜びも痛みも受け止めていく生き方が生まれるのである」(D.ボンヘッファー「倫理学」より)。
 わたしたちは先週イースターを共に祝いました。共に礼拝を守り、祝いのときを共にしました。でもその祝いで終わったのではないのです。また「新しく生まれた者のように」生きる生活が始まっているのです。この普段の変わることのない生活、その生活が「わたしたちに差し出すものを受け取」っていく。「そこでは、現世のこの人生がすべてか、それとも無か、というような生き方ではなく、良いことも悪いことも、大切なことも取るに足らないことも、喜びも痛みも受け止めていく」生を生きるのです。復活、それは、キリストがわたしたちの生活の中へ踏み込んでこられることだからです。復活とは、ただ単にキリストが死んで、再びよみがえったことだけを意味するのではないのです。わたしたちがこのキリストによって新たに生きる、わたしたちの復活、わたしたちの始まりなのです。

  そのことが、今日の福音書においても具体的に記されています。それで、あらためて、少し注意深く読みますと、復活後の出来事が一見大雑把に記されているように見えるのですが、そこにも大切な意味が込められていることに気づきます。

  まず、マグダラのマリヤ、そして、12節の無名の二人の弟子、これらの人々にイエスは現れたということ。そのような人々、マグダラのマリヤ、彼女はルカ福音書7章によれば「罪ある女」と呼ばれた人でした。そして、この名も無き二人の弟子、つまりペトロやヨハネのような主だった弟子たちではなく、無名の人の口を通して、まず復活の使信は伝えられたのだということ。罪深いもの、弱い者、軽んじられている者、主はそのような人々に現れた、共におられた。それが何より復活のキリストであったことが伝えられています。

  しかし更に、もっとわたしたちの目を引くことがあります。実に繰り返し、「信じなかった」という言葉が出てくることです。それは言ってみれば、イエスの復活を決して信じなかった、信じられなかった物語なのです。そして、何と言っても驚くのは、最後まで弟子たちの内誰一人「信じた」とは記されていないことです。これらのことから言えば、弟子たちは誰一人結局、信ずることの出来なかったまま、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」と遣わされていったのです。しかし、それが、聖書がわたしどもに伝える復活信仰、復活体験なのです。
 何より復活のキリスト、この方は、いつも信じない者の中心におられます。復活のキリストは、信じる者、敬虔な者たちの間にだけおられるというのではない。罪ある者、信じない、心のかたくなな人間の友、その中心となられたのです。復活信仰とは信じられない者の信仰なのです。何故なら、復活のキリストは、十字架のキリスト、十字架にかかったキリストだからです。この方の十字架、それは、まさしく信じない人間、それどころか、この方に敵対する人間、その真ん中にこの方が、その罪を担って立たれた出来事でした。まさに、ご自身、信じない人間の中の一人、その中心となり給うたのです。
 この聖書の箇所は、実はそのように信じなかった物語を記すことによって、信じられない者である自分自身への痛みと共に、しかし、この復活のキリストは、そのわたしを決して見捨てないのだという、初代の教会の人々の喜びに満ちた体験、深い溢れる感謝の思いが込められた信仰告白でもあるのです。われわれは信じなかった。信ずることのできないものであった。しかし、主はあらわれた、その信じないわたしどものために・・・、そう聖書は語っているのです。
 もちろん、不信仰がいいということではありません。その後、こういうことも記されているからです。「その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである」(14節)。イエスは、不信仰と頑なな心をおとがめになった、この「おとがめになった」というのは、要するに叱られたということです。叱るのは見限った、見捨てたからではありません。むしろ、これは端的に愛です。不信仰を受け止めつつ、その不信仰を克服されようとする愛です。親が子どもの成長のために、今し得る限りのことに全力を尽くしてなすような真剣な愛であると言っていいでしょう。
 もちろん、「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける」、そういう言葉もここには記されています。そして、わたしたちは、そのことを厳粛にそのまま受け入れるべきであり、決して割り引いたり、軽んじたりしてはならないでしょう。しかし、そうだからこそ、このキリストは、わたしたちのために、真剣に、不信仰を叱って下さるのです。何より、そのためにこの方は十字架にかかり給うたのです。それは、全くわたしたちの不信仰の故にということです。それをご自分のものとし、ご自分に担い、わたしに代って戦い、克服されるため、わたしたちが一人も滅びないためでした。それは確かにそれほどに、わたしたちの不信仰は絶望的なものだということです。しかし、叱ってくださる主イエスがおられるからこそ、わたしたちには希望があるのです。

  ですから、「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける」(16節)、この言葉も、わたしたちは、いわば脅しのように受け取る必要はないのです。こんな信ずることの出来ないわたしは滅びの宣告を受けるかも知れないとびくびくしながら生きるのではない、あるいは、だから抱えた罪を、それを隠して生きるのではないのです。主はその全てを既にご存じであり、しかし、それに関わらず、何より、ここに先立ってあるのは、わたしたちへの救いの約束、このお方を通しての愛なのです。何より、滅びの宣告より先立って、救い、恵み、今この方の叱責・愛が、主ご自身がわたしたちにはあるのです。ただこの主に目を注ぐ、「新しく生まれた者のように」ただこの主に目を注ぐ、それがわたしたちのイースターの信仰なのです。

  そして、ここでは、そのことと直ぐに並んで、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(15節)と言う主イエスの命令が記されています。福音を宣べ伝える、伝道、宣教が命じられています。わたしたちは、この命令もまた厳粛にそのまま受け入れるべきでしょう。しかし、わたしたちは、この伝道、宣教とは、いわば他の人を信仰者に変えるようなことではないということをここでしっかりと心に留めておきたいと思うのです。つまり、伝道とは、あたかも確かな信仰の持ち主、いわば救われた確かな者が、別の確かではない、信じていない人間を上から下へと救ってやると言うようなことではないのです。主は、信じない弟子たちをあるがままに伝道へと遣わされたように、あるがままのわたしを見てくださり、そして恵み深くわたしたちを用いてくださる、遣わしてくださるのです。もう一度、最初にご紹介したボンヘッファーの言葉を思い起こして欲しいのです、「人生がすべてか、それとも無か、というような生き方ではなく、良いことも悪いことも、大切なことも取るに足らないことも、喜びも痛みも受け止めていく生き方が生まれる」。それを、伝道ということに置き換えて言ってもいいでしょう。つまり、伝道とは、人生がすべてか、それとも無か、というようなことではなく、良いことも悪いことも、大切なことも取るに足らないことも、喜びも痛みも受け止めていく生き方、そこから生まれるのです。

 良いことも悪いことも、大切なことも取るに足らないことも、喜びも痛みも受け止めていく生き方 ― それは言い換えれば、「あなたは、あたかも罪がないかのように、自分自身とあなたの兄弟とをあざむく必要はもはやない。あなたは罪人であることを許される。そのことを神に感謝せよ。何故なら、神は罪人を愛し、罪を憎み給う方だから」(D.ボンヘッファー「共に生きる生活」111頁)ということなのです。実は、これもボンヘッファーの「共に生きる生活」の文章からの言葉です。そこでボンヘッファーは、またこういうことを言っております、「自分の悪を抱いてただひとりでいる者は、全くひとりで孤立している。キリスト者が、礼拝を共にし、祈りを共にし、またともに奉仕することにおいてあらゆる交わりを共にしているにもかかわらず、互いにひとり孤立しており、交わりの最後の通路が開かれていないということがありえるのである。何故なら、かれらはそこで、なるほど信仰者として、敬虔な者としてはお互いに交わりをもっているが、しかし敬虔でない者として、罪人としての交わりを持っていないからである。敬虔な者の交わりの中では、何人も罪人であることは許されない。突然に現実の罪人が、敬虔な者たちの中に見出される時、多くのキリスト者の驚きは思いの外に大きいものがある。だからわれわれは、自分の罪を持ったままで、偽りと偽善の中に自分を閉じてひとりでいるのである。何故なら、われわれは確かに罪人だから・・・」(〃110頁)。

つまり、教会は、ややもすると、敬虔な者の交わり、正しい者の交わり、つまり、過つ者、破れたる者であることを許されなくなってしまうのだ、ということです。教会で、自分の罪の故に孤独でいることほど、この復活のキリストの真のお姿に相応しくないのです。そして、自分の罪を、自分ひとりでは克服し得ないのです。だから、わたしたちは、教会、他の兄弟姉妹が必要なのです。その中にキリストはおられからです。問題・罪のないキリスト者がキリスト者なのでありません。あるいは、問題のない教会が良い教会なのでありません。そして、罪に立派な罪もそうでない罪もないように、問題に立派な問題も、立派でない問題もないのです。教会が教会であるのは、共に重荷を、問題を担っていけること、あるがままのわたしを共に担ってくれる兄弟姉妹がいることです。ここに、「新しく生まれた者のように(Quasimodogeniti)」ある教会があります。「良いことも悪いことも、大切なことも取るに足らないことも、喜びも痛みも受け止めて」いく、わたしたちの教会が。
そのような教会の中にある者として、「新しく生まれた者のように(Quasimodogeniti)」主と共に歩んでいきましょう!

2009年4月12日 復活祭 「わたしの福音書が始まる」

マルコ16章1節~9節

 
説教  「わたしの福音書が始まる」  大和 淳 師
さて安息日が過ぎると、マグダラのマリヤ、ヤコブの母マリヤ、サロメは香料を買った.それは、イエスの所に行って、油を塗るためであった。
彼女たちは週の初めの日の早朝、日が昇るころ、墓にやって来た。
そして互いに、「だれがわたしたちのために、石を墓の入り口から転がしてくれるでしょうか?」と言った。
ところが、彼女たちが見上げると、非常に大きい石であったのに、すでに転がしてあった。
彼女たちは墓に入ると、一人の若者が白い外とうに身を包み、右側に座っているのを見て、ひどく驚いた。
彼は彼女たちに言った、「驚くことはない.あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜している。彼は復活させられた.彼はここにはおられない。見よ、人々がイエスを置いた場所を。
行って、弟子たちとペテロに、彼はあなたがたより先にガリラヤへ行かれる、と告げなさい。彼が告げておられたとおり、あなたがたはそこで彼にお会いする」。
彼女たちは震え上がり、驚いて墓から出て逃げた。彼女たちは恐ろしかったので、だれにも何も言わなかった。
週の初めの日の朝早く、イエスは復活してから、まずマグダラのマリヤにご自身を現された.イエスはかつて彼女から、七つの悪鬼を追い出されたことがある。

 「安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った」(16章1節) ― 今日、イースター、キリストの復活、それについて、わたしどもはまず今日の福音書の語るところに静かに耳を傾けましょう。それは、この三人の女性が、「安息日が終わる」、すなわち、それは土曜の夕方ですが、イエスの亡骸に塗るために香料を買ったところから始まります。
 実は、この女性たちについて、マルコ福音書は、この16章の前、15章のイエスの受難物語、その死を巡って語る中でそっと次のように記しているのです。「また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。」(15章40節~41節)そして、その受難物語、15章の最後に、「マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた」(47節)と。それゆえ、わたしどもは、それゆえ、そのように記したこのマルコ福音書の語ろうとするイエスの復活について知るために、そのイエスの葬りの場面から見ていかなければならないでしょう。

 その15章によれば、そもそも、イエスの埋葬は、アリマタヤのヨセフという人によって行なわれました。イエスの十字架の死は、安息日の前日、すなわち金曜日の午後3時でしたが、安息日には一切の労働は禁じられているため、ヨセフは、その葬りを、その日没と共に始まる安息日の前に済まさなければならず、したがって、あわただしく埋葬を行なわなければなりませんでした。愛する人の死に際し、人は出来る限り丁寧に葬りたいとするものです。ヨセフも、そうしたかったでしょう。それで「ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。」(42節)ここでマルコが具体的、詳細に記しているその葬りの様子は、ヨセフが精一杯、出来る限り心を込めてそれを行ったことと同時に、それでも当時埋葬の習慣であった香料の塗布が行なわれなかった、省かれてしまったことを物語っています。それは、限られた時間の中で、正規の手順を全て踏むことは出来ない、その中でもせめて、当時とても高価で貴重な「亜麻布」で、その亡骸を包む、そのことだけでヨセフは精いっぱいだったのでしょう。

  女たちは、その様子を見守っていました。そして「亡骸に香料が塗られなかった・・・せめて安息日が明けて、後からでも、自分たちの手で、それを塗ってあげましょう」、そう互いに決めたのでしょう、女性らしい細やかな眼で、その一部始終を見届けた彼女たちは、そうして、今や自分たちが出来る限りのことをしようとしたのです。

  しかしながら、イエスの遺体は、イスラエルの砂漠の風土の中では、既に腐敗し始めていたでしょう。そもそも、本来香料は遺体の腐敗を遅らせるために用いられたのです。丸二晩たって香料を塗ったところで、何の意味があるのでしょうか。けれど、女たちは、悲しみの中でそればかりを考えていたのでしょう。あくる土曜日の夕方、つまり、安息日が終わるや否や、真っ先に香料を買い求めて、朝に備えたのです。恐らく、この日曜の朝まで、彼女たちは一睡もせずに過ごしたのではないでしょうか。

  イエスの十字架の死、その一部始終を、ただ遠くから見つめていた彼女たちです。愛する者のその無惨な死、悲痛な姿を前にして、なすことなくたたずんでいなければならなかった女たちでした。「この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である」と15章41節に記された言葉がわたしどもの胸を打ちます。そのように仕えてきた故に、その愛するお方の最後、もっとも仕えたいその瞬間に、「遠くの方」にいなければならなった、それは、彼女たちの悲しみを幾重にも倍加していったことでしょう。

  安息日、それは本来聖なる日でした。主なる神の救いのみ業を覚え、それに従う日でした。神と人、民がひとつとなる日でした。しかし、彼女たちにとって、この安息日ほど辛い日はなかった。神から見捨てられた者のように、ただ悲しみの中に放り出されたのです。彼女たちにとって本当に何もかもすべて終わってしまったかのようです。この女たちは、十字架のイエスに仕えることはできませんでした。キリストは、ただ一人苦しみ、死んで行かれた。ですから、今香料を塗ることを思い立った彼女たちの思いは痛いほど分かるのです。そうしてそのイエスのためにできることを、やっとただ一つ見つけたのです。

  「そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。」(2節)。夜もまだ明けるか、明けないかのうちに、家を飛び出した彼女たちの姿が眼に浮かびます。しらじらと明けていく中を、イエスの墓に向かって急ぐ女たち・・・。次第に明るさを増していく日の光、彼女たちを照らす夜明けの光。たが、彼女たちの心は、自分のなしえることを見つけた喜びではなく、むしろ重く、暗い絶望の悲しみに沈んでいます。3節の言葉がそのことを物語ります。「彼女たちは、『だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか』と話し合っていた。」(3節)。彼女たちは道々、そう話しあっていた。それは非常に大きな石であったと4節に記されています。三日前、安息日の始まる金曜日の夕方、彼女たちは、その場所を見届けたとき、その大きな石がころがり、閉ざされたのを見たことを、この道すがら彼女たちは否応もなく思い出さずにはいられなかったのでしょう。

  今、改めてその墓へ行く道中、その石の大きさが、彼女たちの心にのしかかってきたのです。「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるでしょうか」、こんな朝早く、そうしてくれる男手があろうはずがありません。誰もいないことは分かっているのです。決して現実を忘れているのではないのです。とは言え、話し合ったところで、何の解決もないのです。ただ、よろめくような足取りで、それでも彼女たちは墓へ墓へと急ぐ。そのようにして夜もまだ明けるか、明けないかのうちに、家を飛び出した、神からも見捨てられたような彼女たち・・・まるで、幾重にも問題が重なり、この人たちを押しつぶそうとしているかのようです。「大きな石」が彼女たちの心を塞いでいるのです。しかし、彼女たちはそれでも、あきらめなかったのです。たとえそうであっても、光に吸い寄せられるように、墓へ墓へと急ぐのです。
このマルコの復活の物語において、男の弟子はひとりも登場してきません。すでに「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」(14章50節)のです。この女性たちが、その男たちとただ違ったのは、彼女たちは、ともかくその目前の「大きな石」から逃げなかったことにあります。たとえ、どれほど取るに足らない、小さなことであったとしても、尚、そのことを通してイエスに仕えようとしたのです。何故でしょうか?

  キリストは、あの十字架の上で、こう叫びました。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(15章34節)。キリストは、今や、神から見捨てられた人間、見捨てられて同然のわたしたちの中に立ち、そのわたしたちの苦しみを負うてくださったからです。そのお方がよみがえったのです。主イエスの復活は、そのようなわたしたちの小ささ、おおよそ無駄なことの連続に思えるようなわたしたちのこの日常の営みを素通りして起こるのではないのです。むしろ、何と深く結びついて起こされたことでしょうか。翻って、このわたしたちの足取りもまた、言うなれば、一体こんなことをしていて何になるのだろう、人生に痛みを負いつつ、そのような嘆きを抱かなかった人、いや今この時もそんな痛みをもっていない人はいないでしょう。あるいは、もっと大事な、意味あることをしたいのに、結局これしかできなかった、そんな情けないような、空しい思いにかられる人生です。今、わたしたちの頭をいっぱいにすることは何でしょうか。一歩、ここから離れれば、のしかかってくる様々な問題、見通しのつかない現実・・・。「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」、言い換えてみれば、「だれがこんなわたしのすることに、このわたし自身を認め、受け止めてくれるのでしょうか」、大きな石、現実にのしかかってくる問題にうちのめされながら、つぶやきたくなるようなわたし自身が重なります。

  「ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。」(4節)。「目をあげると・・・・・」うなだれていた女たち、現実に押し潰されてうつむい歩んだ彼女たちが、「目をあげると・・・・・」。あの、もはやどうしようもない、これ以外ありようがなかった問題、大きな石は、思いもかけず既にころがしてあった。自分たちを現実に苦しめている問題、わたしを押し潰してくる現実は、ころがされていた。確かに彼女たちが用意した香油を塗るという、いわば彼女たちの願い、思いがかなえられたのではない。思い通りには確かにならないのです。そして、それは一見無駄になったようにも思えるのです。しかし、福音書は息をもつかせず、この彼女たちに起きていることを伝えます。「若者は言った。『驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。”あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる”と。』」(6~7節)。

  「あの方は復活なさって、ここにはおられない」。この女たちが思いこんでいた「大きな石」の向こう側、墓の中にもはやイエスはおられない。わたしたちは、問題、苦しみの向こう側に神さま、主イエス・キリストを見ようとします。しかし、いわば既にキリストは、わたしの問題、苦しみとわたしの間におられる、つまり、わたしの問題、苦しみの中におられるのです。キリストがよみがえった、そのキリストは十字架のキリストなのです。悲しみの、涙の向こうに青空があるように、いや、嵐の中にも既に青空が広がっていたのです。たとえ今は分厚い雲が覆っていても、その上には太陽が照っている。わたしを支配しているのは、嵐ではなく、太陽、このキリストであると。苦しみの中に既に喜びが始まっている。今は見えないだけ。わたしたちは最早ひとりではないのです。

  それ故、この若者、天のみ使いの語ることに耳を傾けましょう、「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と」。この女性たちはあらたな使命、生きる意味を与えられます。しかし、この女性たちばかりではありません。ここで「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい」と、ペトロの名がわざわざ付け加えられているのです。あの十字架の夜三度イエスを否んでしまったペトロ、あの夜、イエスを裏切った夜、激しく泣き続けたと云います。元漁師のたくましい大の男がおいおいとただ泣き続ける以外なかったのです。この時もどこかで悲しみ、耐えがたい痛みにただ泣き続ける以外にないペトロ、そんな悲しい一人の人間がまたそこにいるのです。生まれてこなければ良かった、そう思うような、眠れない夜を過ごした人間がそこにいます。しかし、その彼も見捨てられたのではなかった。それどころか、彼の名が特に挙げられたのは、そのような人間にこそ主は顧みてい給うことを告げています。もちろん、ペトロは、まだそのことを知りません。あぁ、また苦しみの一日がはじまる、そう思って、この空をながめていたかも知れません。しかし、彼もまた再びガリラヤ、すなわち彼の日常の中でイエスと共に生き、用いられていくのです。
まさにこの「ペトロ」もまた、外ならぬわたしのことです。御使いを通して、神は今わたしたちにこのように語りかけておられるのです。「あなたがわたしを見捨てても、わたしは決してあなたを見捨てない」と。行き詰まり、疲れはて、生きるのぞみを失って倒れてしまうようなことがあっても、それで終りではない。そこからもう一度起き上がる。そもそもギリシャ語で「復活する」とは、端的に「起き上がる」という言葉です。倒れた人間が起き上がって新しく歩み始めることを許されるのです。それがイースターのメッセージ、福音です。そもそも「新しくなる」ということは、わたしどもにとって最も信じにくいことです。どうしようもないもののようにこの世界、自分が行き詰まっているように常に思えるのです。そのとき、実は生きていてもわたしたちは本当には死んでいるような人間なのではないでしょうか。

  だが、復活、イースターとは、それは単にキリストが再び生きられたことではありません。このわたしたちが生きる、再び起き上がること、わたしの復活なのです。天使は言います、「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」と。すべては、キリストが先回りしておられるのです。その約束を告げて福音書は終わります。実は本来このマルコ福音書は、「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」、この8節で終わっていました。今、わたしたちの聖書の9節以下は、聖書学上は後の初代教会による付加だとされています。それで、わたしたちの聖書では9節以下はカッコに入っているのですが、ということは、元々の福音書は、(8節)、女たちは驚き、恐れてしまって「だれにも何も言わなかった」という、実に中途半端な終わり方をしていることになります。これではいくら何でも、というので、恐らく、早い時期に後日談のように9節以下が付加されたと推定されているのですが、しかし、たとえ、中途半端でも、本来、マルコ福音書はここで終わっていたのです確かに、「だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」、これでは、終わりになりません。未完結、まるで振り出しに戻ってしまうようです。

  だが、大事なのは、「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」、この天使の約束です。そうです、マルコ福音書は、あえて白紙に戻すのです。つまり、これから先は、この福音書を聴くみなさん、あなたの福音書が始まるのです。そう、これから先は、あなたによる福音書だ、ガリラヤ、それはあなたのガリラヤ、あなたが、キリスト共に生きるところ、あなたの生活、今から、そこであなたと主イエスの物語が始まるのだ、と。「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」、そう、始まりは、いつも正気を失うような恐れがある、不安がある。わたしたちは尚罪の中にある。でも、「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる」このキリストがなければ、墓は、わたしたちの命の終点です。しかし、今や、まったく墓を後にして始まる命、それが、あなたのガリラヤ、主と共にい給うあなたの福音書なのです。

2009年4月10日 受苦日礼拝 「夕方になると ~命の始まり~」

マタイ福音書27章57~61節

 
説教  「夕方になると ~命の始まり~」  大和 淳 師
夕方になって、ヨセフという名の裕福な人が、アリマタヤから来た.彼自身も、イエスの弟子となっていた。
この人はピラトの所に来て、イエスの体を引き渡してくれるように求めた。そこでピラトは、それを彼に渡すように命じた。
ヨセフはその体を取って、きれいな細糸の亜麻布に包んだ。
彼はそれを、岩の中に掘った自分の新しい墓に納めた。そして墓の入り口に大きな石を転がして、立ち去った。
マグダラのマリヤともう一人のマリヤは、そこにいて、墓のほうを向いて座っていた。
  主イエスが十字架につけられて処刑されたのは金曜日、午後3時頃のことと伝えられています。ユダヤ人の一日の数え方は、現在でもそうですが、夕方の日没から始まって翌日の日没までを一日と数えますので、ユダヤの人々の安息日、それは土曜日ですが、イエスが十字架で息を引き取った金曜日の日没から始まるわけです。

 そして、その安息日には一切の労働が厳しく禁じられていますので、死体を清め、埋葬するといった作業は当然、日が沈むまでの残されたわずかな時間で早急に事を運ばなくてはなりませんでした。福音書が「夕方になると」(57節)と記しているのは、もう残る時間がごくわずかになったので、何とか急がなくてはならない、そうした差し迫った状況であったことを物語っています。

 また当時のローマの法律によれば、処刑された死刑囚の遺体は親族が自費で引き取って埋葬することになっていたのですが、引取人がいない場合には、そのまま放置され、野犬や烏などが喰い散らすままにされたそうです。それから言えば、イエスの場合、遺体を引き取ろうにも、イエスの身内、母マリアはそもそもガリラヤの住人でしたし、貧しい彼女がエルサレムに墓をもっているわけがありません。頼りの男の弟子たちは既に逃げ去ってしまっていました。つまり、時間的にも物理的にも主イエスの葬りはあり得ない、不可能な事態であったのです。

 しかし、その時、そのような緊急な状況のなかに登場して重要な役割を果たしたのが、これまで一度も福音書に登場してこなかったこのアリマタヤ出身のヨセフという人です。このヨセフは、わざわざ「金持ち」(27:57)であったと紹介されていますから、エルサレムに墓をもっていておかしくない人物だったのです。

 またこのヨセフについて、マタイはそこで「この人もイエスの弟子であった」(27:57)と紹介していますが、ヨハネ福音書は更に彼が「イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れてそのことを隠していた」(19:38)と記しています。つまり、それに従えば、イエスの埋葬といういわば緊急事態になって、彼は自分がイエスの弟子であることが公になってもよいと決断し、「イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た」ということでしょう。しかし、十字架で処刑された人の遺体を引き取ろうとすることには、そう簡単なことではないはずです。マルコ福音書はそこで「勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た」(15:43)と、「勇気を出して」と記しています。犯罪人として処刑されたイエスの遺体を引き取って埋葬しようとする、しかも彼はイエスの身内でもないのですから、それによって当局や自分の周りの人々からどんな目で見られことになるか。ましてや、大変な有力者であったアリマタヤのヨセフです。彼は金持ちで、またマルコやルカによれば議員、すなわちイエスに敵対したユダヤの最高法院の一員であったからこそ、なおさら関わりあいになることは勇気のいることであったでしょう。それにもかかわらず、たとえ、どんなにか不利な事になったとしても、ヨセフは、ピラトのもとに出頭して、遺体の引き渡しを願い出たと言うのです。イエスの埋葬は、このヨセフという一人の人のそのような信仰告日の行為によって行われた、全く彼なしにはできなかった、そのことを思うわけです。

 そうして、「ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。」ここでも、わたしたちは細やかに聖書が語っていることに注意しましょう。彼は亜麻布を買ってきたというのです。つまり、あらかじめ用意していたというのではなかった。つまり、彼の決心は、全く、このイエスの十字架以前にはなかったのです。まさに、このキリストの十字架、イエスの死によって彼が変化したことであることを聖書は告げているのです。ヨセフの信仰は十字架によって始まったのです。恐らく、ヨセフはイエスの遺体の引取りを願い出た後、もう閉まりかけていた商店に大急ぎで走って行き、亜麻布を買ってきたのでしょう。そうして急いで人を雇い、イエスの遺体を自分の墓に運び、亜麻布を巻き・・・、それら一つひとつの作業をしながら、ヨセフは何を思っていたのでしょうか。恐らく何も考える余裕もなかったかも知れません。ただ日没までに葬りを済ませる、そのとき、それだけが念頭にあったでしょう。そうして、「岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を転がしておいて立ち去った。」(27:60)彼は、それで役目を終えたかのように立ち去ったのです。もはや、何もなし得ないかのように。

 しかし、それで全てが終わったのではなかった。十字架がヨセフの新しい人生の始まりとなっているからです。もちろん、ヨセフはまだそのことを知りません。そのとき、そこにいた人間は誰も知りません。むしろ、彼らは、これで全てが終わった、終わってしまった、そう思っていたことでしょう。ある者は深い悲しみの中で、ある者は絶望の中で、このヨセフが「立ち去った」のも、もしかしたら、イエスを葬った満足感ではなく、何故、もっと早くこの方の手助けをしなかったのだろう、財を持ち、議員である自分のできることがもっとあったのに、そう自責の念にかられていたかも知れません。ましてや、この彼の行動はこれまでの人生の全てを失うようなことなのです。彼は自分の人生が無駄であったかのようにそこを立ち去ったのかも知れません。しかし、神の望み給うこと、なさることはそうではなかったのです。そして、それゆえ、全てが終わったのではありません。

 ともかく、マタイに限らず、どの福音書も死刑囚として十字架につけられて処刑されたイエスが、時間がなかったにもかかわらず、そのまま放置されず、墓に葬られたことをこのように丹念に語っているのですが、それは実に全く大変なことが既に密かに起きていることを物語っているのです。

 何より十字架、その死、それは、主イエスが「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたように、全く人からも、そして神からも見捨てられた死であったのです。それ故、その遺体もそのまま放置されても決しておかしくはないし、むしろ、そのとき誰もが当然そうなるものと思っていたことでしょう。しかし、全く予期しないアリマタヤのヨセフという人があらわれ、おおよそ囚人の死には相応しくないような葬りが行われたのです。その日、神はイエスをお見捨てになったと誰もが思ったはずです。イエスが息を引き取ったとき、もう何もかも終わった、イエスの死を遠くから見守っていた女性たちも悲しみの中でそう思っていたはずです。しかし、全てが終わり、一切が無意味になったかのように思えたそのとき、既に何かが始まっているのです。

 そして、ここでもうひとつ奇妙と言えばこれも奇妙なことと言わなければならないのは、このイエスの墓の葬りが、何故、金持ちの墓なのか、ということです。およそ、ベツレヘムの貧しい馬小屋で生まれ、貧しい人、虐げられた人々と共に生きたこの方が、しかし、最後は金持ちの墓に、しかも、このような葬りをもって葬られた、ということです。

  実はイザヤ53章の苦難の僕の歌、その9節には次のように記されています。「彼は不法を働かず その口に偽りもなかったのに その墓は神に逆らう者と共にされ 富める者と共に葬られた」。イエスが、マタイがまた特にアリマタヤのヨセフを「金持ち」と紹介しているのは、まさしくこのイザヤ書53章9節の「富める者と共に葬られた」という主の僕の預言が実現したと聖書は見ている、告げているのです。見捨てられたイエスが、金持ちの墓に葬られたことは、既にイザヤが預言したこと、すなわち、神のご計画、苦難の僕の栄光が始まっていることを、わたしたちに語り始めているのです。主の復活の序曲がもうかすかに、しかし、確かな響きをもって奏で始めているのです。ヨセフは、まだそのことを知りません。いえ、そこにいた誰も決して知らなかったのです。しかし、彼のしたことは、彼の予想を超えて、神のご計画の中にあったのです。

  そうして「マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた」と、この福音書は、こうしてキリストの受難、十字架の出来事を記し終えるのですが、「イエスの遺体を納めた場所を見つめていた」この女性たち、マグダラのマリアとヨセの母マリアたちは、やがて三日目の朝、すなわち、わたしたちの日曜の朝、キリストの復活の証人となるのです。

  今、眼に見えること、わたしたちがただ思うことを超えて、わたしたちを包む闇がどんなに深くても、神は働いておられるのです。このヨセフがそうであったように、また、わたしたちも、まず第一にどんな深い絶望の中でも、このキリストの十字架を仰ぐことです。この十字架を、わたしのための十字架として、常に心に抱いていくことです。パウロは言います、「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです」(フィリピ2:13)。今夜、わたしたちは、このヨセフと同様、このわたしたちにも既に神の救いのドラマが始まっている、そのことをしっかりと胸に抱いて、イースターに向かって歩んでいきましょう。