2011年5月8日 復活後第2主日 「トマスの反応」

ヨハネによる福音書20章24〜29節
説教:高野 公雄 牧師

十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

ヨハネによる福音書20章24〜29節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

《十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」》。

きょうの福音は、こう始まっています。ここからトマスには「疑うトマス」という枕詞がお決まりになってしまいました。おかげで、トマスは大きな教会のステンドグラスに飾られることの最も少ない聖人だと言われます。しかし、きょうの記事は、トマスを描くことを通して、ヨハネによる福音書の結論と言ってもよい、大事な、大事なメッセージを伝えています。

まず、トマスの人となりから見ていきましょう。トマスはイエスさまの十二弟子のひとりとして、マタイ10章3、マルコ3章18、ルカ6章15にその名が載っています。しかし、これら最初の三つの福音書には名前だけしか伝えられていません。トマスの人となりがはっきりと描かれているのは、ヨハネ福音書だけなのです。

《十二人の一人でディディモと呼ばれるトマス》と紹介されています。新約聖書の言葉ギリシア語でディディモスは固有名詞ではなく、「双子」という意味の普通名詞です。トーマーもイエスさまたちユダヤ人が話したアラマイ語で同じく「双子」の意味であって、名前ではありません。アラマイ語の意味が分からなり、のちにトーマース(トマス)は名前となったのでしょう。彼にもちゃんとした名前があるはずですが、その名前は福音書には出てきません。新約聖書の正典に採用されなかた信仰書を外典といいますが、外典に「トマス福音書」と「トマス行伝」があって、そこではトマスの名前はユダと出ています。では、誰と双子なのかと言いますと、驚いたことにトマスはイエスさまの双子の兄弟とされています。これは事実ではないでしょう。でも、そういう伝説ができるくらいに、人々はトマスがイエスさまと特別に近い関係にあったと感じていたのでしょう。

さて、トマスは最初にラザロの復活の物語に現れます。ラザロとマルタ、マリアの姉妹は兄弟ラザロの病気が危険な状態になり、使いを送って、イエスさまに頼ります。しかし、彼ら三人が住んでいるベタニア村はエルサレムに近く、巡礼者が泊まる村でした。そんなところに行くのは非常に危険です。

《ラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間同じ所に滞在された。それから、弟子たちに言われた。「もう一度、ユダヤに行こう。」弟子たちは言った。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか。」・・・すると、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに、「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」と言った》(ヨハネ11章6~7)。

他の弟子たちが尻込みしているところで、トマスは死に至るまで師に忠実であろうと決心し、仲間を励ます人でした。

次に現れるのは、最後の晩餐の席です。イエスさまは弟子たちにお別れの説教をして、「あなたがたのために場所を用意しに行くのだ」と言います。

《行って、用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとへ迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない》(14章3~6)。

トマスは疑問をやり過ごすことのできない人のようです。そのために、イエスさまの偉大な答えを引き出しました。イエスさまの答えは、こういうことだと思います。「あなたたちが何も分かっていないことは承知している。けれども、わたしはいつもあなたがたと一緒にいるから、それでいいのだ。わたしを信じなさい。あなたがたもしっかりとわたしにつながっていなさい」、と。

そして、最後にきょうの箇所に来ます。トマスは殺されても師に忠実であろうとする人でした。そうできなかった自分を恥じて仲間から身を隠したのでしょうか。あるいは、自分と同じように弱い仲間に失望して、去ろうとしたのでしょうか。ともかく、トマスは復活の日には弟子たちの集まりから離れていました。そのために、せっかく復活の主イエスさまが弟子たちに会いに来てくれたのに、トマスは会うことができませんでした。

《そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」》。

トマスは、自分の納得できる方法で事柄を確かめようとします。自分が出題するテストに合格すれば、そうしたら信じようと考えています。それは合理的・理性的な主張ではありますけれど、そういう証明できることだけを真実なものとすることには限界があります。それは、実験ができない領域、すなわち信仰の問題・人生の問題・愛の問題のように、繰り返しが効かず、他人に代わってもらうことのできない事柄には当てはまりません。

《さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った》。

復活のイエスさまは、弟子たちの真ん中に来られ、「シャローム、平和あれ」と言われます。「平和あれ」とは、イエスさまを見捨てて逃げ去った者を赦す、親しい交わりを回復しようという意味です。トマスに対しては、確かめようとすることをとがめないということであり、《信じない者ではなく、信じる者になりなさい》という呼びかけです。十字架にかかった方が復活して、いまここに来て自分を招いてくださっている。手の釘あと、わき腹の傷は自分のせいであり、また自分のためであることを悟ったトマスは、信仰の人となります。そして、《わたしの主、わたしの神よ》と言って、イエスさまを神として礼拝しました。

トマスは知的に確信を得たのではなく、イエスさまの臨在に出会い、イエスご自身を信じました。だから、もはや釘あとを自分の指で触れる必要はなくなりました。自分の目や手による確信に頼る必要はなくなりました。一切をイエスさまに、神さまにお任せすればよい。神を信じるとは、そういうことだということが分かった。自分の確信にたよる必要はない。神さまにのみ頼るわけですから。それは、不安と言えば不安です。でも、本当の信仰とは、本来そういうものなのです。自分が確かと考えるその基準に合う神さま像を追い求めるのではなくて、自分の確信を根拠とするのではなくて、真実の神さまと出会うことを通して、神さまご自身が確かさの保障となることです。

そういう信仰を祝福して《イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」》、と。同じ意味のことを、イエスさまは復活の日にマグダラのマリアにもおしゃっています、《わたしにすがりつくのはよしなさい》(ヨハネ20章17)、と。

イエスさまの死と復活を通して、神はご自身を私たちと共に苦しむ方、私たちを罪の縄目から救い出す方として啓示された。そのようにして神は弟子たちに「見ないで信じる信仰」を生み出してくださった、与えてくださった。それがヨハネ福音書の結論です。トマスは信じる者たちの集いに戻ることで、集いの真ん中に立たれた復活の主に出会い、その信仰をいただきました。私たちもまた、週の初めの日ごとに共に集い、み言葉を聞き、賛美と祈りを献げるとき、復活の主からその「見ないで信じる信仰」をいただけるのです。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2011年5月1日 復活後第1主日 「復活日の夕刻に」

ヨハネによる福音書20章19〜23節
説教:高野 公雄 牧師

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。 21 イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
ヨハネによる福音書20章19〜23節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

復活祭から一週間が経ちましたが、きょうの福音は、《その日、すなわち週の初めの日の夕方》とありますように、復活の日の夕方に起こった出来事です。きょうはこの記事から学びたいと思います。ヨハネによる福音書20章に記された出来事はすべて、同じ日の朝と夕方に起こった出来事です。このことからも分かるように、イエスさまの「復活」という出来事の全体像を把握するためには、先週読んだ「空の墓」の出来事(マタイ28章1~10、ヨハネ20章1~10)に目を留めるだけでなく、きょう読んだ「弟子たちへの顕現」(ヨハネ20章11~23)も含めて考える必要があります。

弟子たちはイエスさまの墓が空になっているのを見ただけで、まだイエスさまにまだ再会する前に、イエスさまの復活を信じたのでは、おそらくないでしょう。そうではなく、きょうの記事にあるように、弟子たちは復活したイエスさまと出会う経験を通して、イエスさまが十字架にかかって死んだこと、自分たちがイエスさまを見捨てて逃げ去ったことで、イエスさまとの関係が終わったわけではないと知り、復活を経験したのです。しかもイエスさまは、ただ弟子たちに現れただけではなく、弟子たちの裏切りを責めたりせず、むしろ弟子たちに「平安あれ」と言ってくださった。つまり、イエスさまは弟子たちの罪を赦して、共に歩む関係を修復してくださったのです。《弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた》とあります。弟子たちは、迫害への恐れと裏切りの後ろめたさで縮こまっていたけれど、復活の主と出会うことによって、新たな力を与えられ、再びイエス・キリストの教える道を歩みつづける力を得ました。イエスさまとの繋がりは、死によって終わらなかったのです。空の墓からイエス・キリストの復活を信じたという順序ではなく、復活の主との出会いから逆にさかのぼって、空の墓をイエスさまの復活のしるしと位置づけたのでしょう。そう考える方が分かり易いと思います。

《そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた》。

イエスさまが弟子たちに呼びかける「シャローム 平和または平安」は、ユダヤ人のごく普通の挨拶です。日本語としては、「こんばんは」と訳すこともできる言葉ですが、ここでは挨拶以上の意味を込めて使っているので、ことば通り「平和」と書かれています。ここでの「平和」は、イエスさまが別れるに際して最後の晩餐の席で語られた言葉、《わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない》(ヨハネ14章27)と約束されていた、あの平和です。

弟子たちは身の安全を求めて戸を閉ざしていました。しかし、家の戸を閉ざしても、心は不安と恐れでいっぱいだったでしょう。その不安な心は、復活のイエスさまが共にいてくださると知ることで、本当の「平安」を得ることができます。主が共にいてくださるからこそ、弟子たちは平和・平安を与えられ、恐れを克服して心の扉を開け、家の戸のカギを開けて、外に出て行くことができたのです。

復活したイエス・キリストとの出会いは、弟子たちにとってゆるしの体験でもありました。イエスさまとの関係の回復です。イエスさまを裏切り、見捨てて逃げ去った弟子たちは、弟子として失格者でした。しかし、復活したイエスさまは彼らをふたたび弟子として受け入れ、あらたに福音の宣教に派遣します。イエスさまの復活を信じることは、イエスさまの愛を信じることでもありました。

ここで、《そう言って、手とわき腹とをお見せになった》とあることにも注目しておきましょう。イエスさまは釘あとのついた両手と刺し貫かれた脇腹とを弟子たちに示します。私たちは、イエスさまが十字架に釘づけされたことを当然のことと考えています。先週から新しくなった復活のローソクにも五つの釘を刺して、両手両足と脇腹の傷を表しています。ところが、十字架のはりつけというのは、ふつうはロープや革ひもで縛りつけられたのだそうです。釘あとについて書かれている聖書個所は、ヨハネ20章25のトマスの言葉だけです。《そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」》。

弟子たちの真ん中に現れ、「手とわき腹とをお見せになった」イエスさまは、閉じた戸を通り抜けられるからだ、新しいいのちに変えられましたが、受難に至るまで弟子たちと生活を共にした同一のイエスさまです。復活の主は受難のイエスさまと同一でありながら、別のレベルのいのちに生きています。弟子たちが過去に体験したイエスさまとの交わりは、レベルを高めて、今も継続されるのです。

イエスさまは21節でもう一度「平和」と呼びかけて、《父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす》と、ご自分の任務を弟子たちに分け与えられます。《聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される》。イエスさまはそう弟子たちに約束されます。復活したイエスさまは弟子たちをゆるすだけでなく、そんな弟子たちにご自分の権限をも分け与えてくださるのです。弟子たちの使命の中心は、赦しあるいは愛と言えるでしょう。「ゆるし」は「愛」の典型だからです。ひとは誰でも長所と短所、良い点と悪い点を持ち合わせています。だれかを本気で愛するなら、その人を好悪ともに、まるごと受け入れるほかありません。ひとを愛することは、ひとを赦すことですね。あなたがたは人を赦しなさい。それによって、神の愛がその人の上に実現します。人は他者から愛されることを通して、神の愛を実感するものです。

私たちは、聖霊の力によって罪を赦す者たちの群れです。私たちは日曜日ごとに主の復活を祝って礼拝していますが、みことばと聖餐を通して、イエスさまは私たちのうちに生きて働いてくださいます。イエスさまは私たちに「平和」を与え、私たちを聖霊の息吹で新しくし、私たちに愛とゆるしの任務を与えて世に送り出すのです。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2011年4月24日 復活祭 「復活宣言」

マタイによる福音書28章1〜10節
説教:高野 公雄 牧師

さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」

マタイによる福音書28章1〜10節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

皆さま、復活祭おめでとうございます。皆さまと共に、主のご復活をお祝いできることをうれしく思います。

きょうの福音は、《さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に》と、始まります。

古代のユダヤの暦では、今のように時計の上でしか分からない深夜の午前0時で一日が区切られていたのではなく、日没を一日の区切りにしていました。日没でその日が終わり、次の日が始まります。ですから、土曜日の「安息日」は、今で言えば、金曜日の日没から土曜日の日没までのこととなります。イエスさまが週の初めの日に復活なさったというのは、今で言えば、土曜日の日没後から日曜日の明け方となります。それで、伝統を大事に守る教会では、土曜の深夜というか日曜の始まりの午前0時に、復活の徹夜祭を行います。それが復活祭の主たる礼拝となるのであって、通常の午前10時とか11時に始まる礼拝は主たる礼拝とはされません。私たちの教会の伝統でも、復活祭には必ず早天礼拝とか早朝礼拝と言って、日曜の朝早く野外に集まってイエスさまのご復活を祝っていました。

《さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った》。

二人の女の弟子たちは、日曜の夜明け前に墓を見に行きます。土曜日は安息日で、遠出を禁じられていたからです。彼女らは安息日が終わるのを待ちかねて、日が日曜日に変わると、つまり週の初めの日になると、まだ暗いうちに墓に来ます。すると、ちょうどその時に大きな地震が起こって、主の天使が現われ、墓をふさいでいた石を取りのけてくれます。天使はその石の上に座って、彼女らに伝言します。地震は午後3時にイエスさまが息を引き取られたときにも起こっています(27章52)。地震や天使といった一連の出来事は、そこに神さまの力が働いていることを現しています。5節以下の天使のことばは、まさに神さまご自身のことばとして聞かれるべきことを示しています。

《天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。・・・」》。

イエスさまは、復活なさったのです。ユダヤ人指導者は、ピラトに願って、墓石に封印をし、見張りを墓に立てていました(27章62~66)。彼らはイエスさまを処刑するだけでは足りず、手立てを尽くしてイエスさまの運動を封じ込めようとしました。しかし、その努力も空しく、神はイエスさまを墓から解放したのです。

お墓参りに来たこの女性たちは、《マグダラのマリアともう一人のマリア》だといいます。この女性たちは、イエスさまが十字架に掛けられた姿を見守っていました(27章55~56)。また、お墓に葬られるのも見守っています(27章59~61)。男の弟子たちが逃げ去ったあとも、最後まで女性たちがイエスさまに着いていた姿は印象的です。

二千年前、女性は証人としての法的資格が認められていませんでした。ですから、ここで女性たちが復活の最初の証人として報告されていますが、法的にはこの人たちの証言は無効です。ところが、教会ではいつでもどこでも女性たちは神の力の証人として欠かせない存在でした。だからこそ、この物語は教会に大いに愛されてきたのです。

復活したイエスさまと出会った弟子たちの話は、二千年前の一回限りの出来事というだけでなく、今も私たちの間で起こっているイエスさまとの出会いの物語として読むことができます。

地震と天使の出現によって、見張りをしていた番兵たちは《恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった》と書かれていますが、二人の女性たちも同じだったようです。天使は女性たちに《恐れることはない》と語りかけますが、「恐れているのを止めなさい」という意味です。女性たちは恐れていたのです。「イエスさまは復活なさった」という天使の言葉を聞いた女性たちは、《恐れながらも大いに喜び》ました。恐れと喜びが併存している状態でしたが、女性たちは天使の言葉を信じ、その指示に従って弟子たちに知らせに行きます。信じて従う彼女たちにイエスさまは自らを現します。イエスさまが行く手に立っていて、この女性たちに《おはよう》と声をかけます。

話しの流れから離れますが、ここでちょっと注釈を入れます。「おはよう」と訳された言葉は、新約聖書の言葉ギリシア語では「カイレテ」です。これは、直訳すると「あなたがたは喜びなさい」という意味ですが、「喜べ」はふつうのギリシア語の挨拶の言葉でして、「おはよう」でも「こんにちは」でも「さようなら」でも、ギリシア語では「喜べ」が使われます。ですから、新共同訳聖書では「おはよう」という日本語に訳されています。岩波書店版では、ここは原語の意味をとって「喜びあれ」と訳されています。私たちが以前に使っていた口語訳聖書では「平安あれ」です。これは、イエスさまは女性たちに自分の国の言葉で話しかけたと考えられますから、そうすると「シャローム」と言ったはずです。ヘブライ語「シャローム」は訳せば「平和」または「平安」です。

さて、話しを元に戻します。復活のイエスさまと出会うことによって、彼女たちは本当に恐れから解放されます。「恐れ」が「喜び」に変えられる出来事、それが復活の体験だと言えるでしょう。

ところで、天使の指示とイエスさまの指示は同じ内容ですが、注目すべき違いがあります。それは、天使は《急いで行って弟子たちにこう告げなさい》と、「弟子たち」と言っているところで、イエスさまは「わたしの兄弟たち」と言いるのです。《行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる》

《イエスを見捨てて逃げてしまった》(26章56)弟子たち、《そんな人は知らない》とイエスさまを否認したペトロ(26章69~75)のことを、イエスさまは《わたしの兄弟たち》と言います。復活の主は、慈悲深くも彼らを赦し、「弟子」以上に固い絆で結ばれた者として、ご自分の親密な「兄」弟として受け入れることを表しています。先ほどは、女弟子たちにとって、復活は「恐れ」から「喜び」へと変えられる出来事と言いましたが、男の弟子たちにとっては、復活は「悔恨と絶望」から「再起と希望」へと変えられる出来事であったと言えると思います。

復活は、言葉で書き尽くすことができない、説明のできない出来事です。神さまだけが信頼できる方であるがゆえに、私たちは信じることができるのです。

復活祭の出来事は、聖金曜日の出来事についての神さまの注釈と見ることができます。聖金曜日にイエスさまは《エリ・エリ・レマ・サバクタニ。わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか》

と問うていますが、復活は十字架に対する神さまの側の答えだと受け取るべき事柄です。十字架にかけられたメシアのよみがえりです。十字架によってイエスさまがメシアであることが無効にされたように見えるけれども、復活がイエスさまがメシアであることを確証しているのです。十字架は神さまの救いの歴史の中心的な出来事として解釈できるのです。それゆえにこそ、弟子たちはイエスさまの死を悲劇ではなく、勝利として理解したのです。

復活のイエスさまは今も、私たちと共にいて、私たちの歩みを支え、導いてくださいます。「恐れ」を「喜び」へと、「絶望」を「希望」へと変えてくださいます。主はよみがえられた。ハレルヤ。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2011年4月17日 受難主日 「イエスの死の意味」

マタイによる福音書27章11〜54節
説教:高野 公雄 牧師

さて、イエスは総督の前に立たれた。総督がイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」と言われた。祭司長たちや長老たちから訴えられている間、これには何もお答えにならなかった。するとピラトは、「あのようにお前に不利な証言をしているのに、聞こえないのか」と言った。それでも、どんな訴えにもお答えにならなかったので、総督は非常に不思議に思った。

ところで、祭りの度ごとに、総督は民衆の希望する囚人を一人釈放することにしていた。そのころ、バラバ・イエスという評判の囚人がいた。ピラトは、人々が集まって来たときに言った。「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアといわれるイエスか。」人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。一方、ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました。」しかし、祭司長たちや長老たちは、バラバを釈放して、イエスを死刑に処してもらうようにと群衆を説得した。そこで、総督が、「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか」と言うと、人々は、「バラバを」と言った。ピラトが、「では、メシアといわれているイエスの方は、どうしたらよいか」と言うと、皆は、「十字架につけろ」と言った。ピラトは、「いったいどんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び続けた。ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ。」民はこぞって答えた。「その血の責任は、我々と子孫にある。」そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。

それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。

兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。

さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。

そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。

百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。

マタイによる福音書27章11〜54節


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

教会の暦で、復活祭前の一週間、きょうからの一週間を「聖週間」といいます。週の初めの日、イエスさまはエルサレム神殿に、柔和な動物であるロバに乗って、入城しました。ラザロの復活の奇跡を見聞きした群衆は、しゅろの枝を打ち振って「ホサナ、ホサナ」と喜びの声を上げて歓迎します。今朝の礼拝は、その日を記念して、マタイ21章1~11にあるその記事を読み、そして讃美歌77番を歌って、私たちもまた「ホサナ、ホサナ」とイエスさまを称えることから始めました。

このように、群衆は、大きな歓声をもってイエスさまのエルサレム到着を迎えたのですが、その週の木曜日にはイエスさまは弟子たちの足を洗い、最後の晩餐を祝い、弟子たちに別れの説教をします。そして、ユダの裏切りによって逮捕され、翌日の金曜日には、十字架に付けられて殺されてしまいます。そして、三日目に、次の日曜日の朝早く、復活されます。来週は、ご復活を祝う復活祭です。

教会の暦は、日曜日の礼拝において、イエスさまの生涯の大事な出来事を読むことになっていますから、きょう、受難の主日には、マタイによる福音書の受難の記事を読みました。そして聖金曜日、受苦日には、伝統にしたがって、ヨハネによる福音書の受難の記事を読みます。

イエスさまの受難の物語はたいへん大事ですので、いつもよりも長い区分を読みました。そして、より良く味わえるように、みんなで配役を分け持って、受難劇として読むのが習慣です。そのために、便宜上、ト書きの部分と、登場人物のセリフの部分をはっきりと分けました。

一緒に読んでみて気づかれたと思いますが、聖書はイエスさまの十字架については、不思議と、細かいことは書きません。ただ、《彼らはイエスを十字架につけると、・・・》としか書かないのです。ところが、イエスさまをとりまくさまざまな人については、彼らがイエスさまをどう取り扱ったか、こまごまと書かれています。ピラト、祭司長や長老たち、群衆とローマ軍の兵隊たち、十字架上の強盗たちが、どのようにイエスさまを嘲弄し、イエスさまを十字架に付けたかが詳しく書かれたのは、私たちのためです。私たちが彼らと同じようにイエスさまの十字架の意味を悟らないで、イエスさまをののしる者にならないためです。

群衆は、日曜日には「ホサナ、ホサナ」と叫んで、イエスさまを大歓迎していました。ところが、そのイエスさまが逮捕され、裁判に付され、ついには十字架に掛けられるという無力な姿を見せますと、とたんに気持ちが離れてしまいます。救い主は強者であってほしいのです。人に仕えるような者ではなく、人に仕えられるような支配者がほしいのです。ところがイエスさまは、病人を癒したり、助けたりはしましたが、自分自身を助けることはできない、自分のことには無力なのです。人々はそういうイエスさまを望んでいません。期待外れもいいところです。そんな奴は捨ててしまえ、という心境でしょう。まだ強盗のバラバの方が、ローマ軍に対して何かやってくれそうな期待がもてます。すでにローマ軍に反抗した実績があり、そのために死刑判決を受けて囚人となっているのですから。

犯罪人のバラバと比べると、イエスさまは無罪なのです。死刑に当たるような悪事はなにもしていません。ただ、ユダヤ人指導者の目から見て、イエスさまの活動とそのメッセージが危険なものと映ったので、殺されたのです。それを正当化するために裁判の形が採られました。ですから、裁判の記録を読みましても、死刑にならなければならないような理由ははっきりとしません。

《そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。『神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。』同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから》(40~43節)。

イエスさまの受難は、神さまのご意志です。ですから、イエスさまが自分を救って、十字架から降りてしまったら、その自助努力は、神から離れてしまうことを意味しています。「自分を救い、十字架から降りてみよ」という群衆の声は、神の意志を無視せよという悪魔の誘惑の声なのです。それは、荒れ野における悪魔の誘惑と同じ誘惑です。

《「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある」》(マタイ4章6)。

神から離れよという悪魔の誘惑は、目立つような悪を行なえという誘いであるよりも、目立たない形でありながら、実は神の意志に反することを行う、または選ぶというような誘惑の方が危険です。

ところで、イエスさまは十字架上で叫びます。

《エリ、エリ、レマ、サバクタニ》(46節)。

それは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味です。苦しむとき、悲しむとき、こう叫びたくなるのは自然なことかもしれません。でも、私たちならば、そう言いながらも、「あのときの自分の言動のせいかな」というように、見捨てられても仕方がないような理由が次々に思い出されるのではないでしょうか。そう考えると、この問いを、この祈りを口にできるのは、イエスさましかいないとも言えるのです。

つまり、ここでは、本来ならば、見捨てられるはずのない方が、見捨てられ、苦しんでいるのです。見捨てられるはずのない方が、見捨てられるのが、神のみ心であるならば、それは神さまの特別な意図があるはずです。十字架に続いて、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けたことと、墓が開いて生き返った人がいたという出来事が、神さまの意図を現しています。

神殿の垂れ幕は、神さまが臨在される至聖所と神殿に仕える人々とを区切るものでして、罪ある人間は神さまのみ前に出ることを表していました。その垂れ幕が裂けたということは、神と人との隔たりが除かれたことを意味します。イエスさまの十字架によって、罪の贖いが完成され、神さまと私たちとを隔てるものが取り除かれて、私たちが自由に神さまと交わることができるようになったことを意味しています。

死んだ者が復活したことは、「死の克服」を意味しています。

《罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです》(ローマ6章23)。

十字架はイエスさまの無力を証明するものではありません。イエスさまは十字架によって、罪と死の力に勝利されたのです。イエスさまは、私たちを神と和解させ、新しい命を与えてくださったのです。

罪のないイエスさまが神さまに見捨てられたのは、見捨てられるべき私たちが見捨てられないようになるためでした。イエスさまの贖いを感謝して受けて、神さまと和解させていただきましょう。

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊によって、あなたがたを望みに溢れさせてくださるように。アーメン